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自由 [番外]

 水曜日のまんなか水曜日。今日も忙しく作業です

週のあたまに、近隣の施設の広報誌が届きました。余暇活動のこと、行事のこと、スタッフの紹介など読み応えのある見開き4ページ、その最終面に<特別コラム>というコーナーがありました。熱い一文。すこし長くなりますが、引用します。

 

昨年12月に、2度目の被災地支援に参加した。その時にお世話になった障害者支援施設では、通常の歌詞の前後に『one love, one heart, let's get together and feel all right』という歌詞が加えられた「上を向いて歩こう」が歌われていた。『力を合わせよう、きっと大丈夫』(筆者意訳)と被災地の方が歌うのを聴いていると、天災により失われたものへの悲しみと、人災により人々の生活が奪われていることへの怒りが湧いてくる。

震災後、私たちの日常を支えていた食糧、電気、情報、交通機関などがとてももろいバランスの上に成り立っていたことがあらわになった。多くの人が「当たり前の日常の大切さに気づいた」と口にした。

社会の歴史は、人間の「自由」と「権利」を拡げていく過程であり、それは、ものや道具の発展による生活の「便利」さを伴っていた。いや、本当に伴っていたのだろうか?。

この震災で明らかになったのは、私たちのためにあると思っていた多くの「便利」さが、実は誰かの金儲けの手段にすぎなかったということではないか。電気がつかない、電話がつながらないことで不安になり、食糧やガソリンスタンドに行列を作る私たちは、どれだけ「自由」なのだろうか?。

冒頭の英語の歌詞は、ボブ・マーリーの曲の一節である。彼にはこんな歌もある。『get up, stand up, stand up for your right, don't give up to fight』 。『目を覚ませ、立ち上がれ、権利のために、闘い続けろ』(筆者意訳)

人間は何かの手段ではない。私たちは「自由」になるために生きているのだ。

 

 いろいろと考えさせられます。“人間は何かの手段ではない。私たちは「自由」になるために生きているのだ。”とは、障がい者支援に携わるもの(に限らず、およそ生業として人とかかわるすべての人) にとっての根源的な価値観だと思います。ボブ・マーリーには『won't you help to sing this song of freedom』となんていう歌もあります。ともに歌わないか、この自由の歌を(筆者意訳)みたいな感じでしょうか。

とにかく、『自由』っていうのは、なんだか当然視されつつ実は軽んじられている節もあり、実は支援者としてはなによりも一番固執すべきことだな、と改めて感じました。ボブ・マーリーの誕生日にこの広報誌が届いたというのもなにやら符牒めいています。

 

 

ちなみに『turn your light down low』なんて歌もありました。そっと灯りを消して・・・節電ってことでしょうか。第2しもごうでも室内の蛍光灯は半分外しています。 


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